平30(ワ)38585号・平31(ワ)10171号 入れ歯入れ容器 損害賠償請求事件

原告が創作者と認められなかった事例

第4  当裁判所の判断

 1  争点1(意匠登録を受ける権利の侵害に関する被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の成否)について

   ウ 意匠の創作をした者に関する検討

  前記前提事実及び前記アの認定事実を踏まえ,まず,本件意匠の創作者が原告であるか否かを検討する。

  (ア) 意匠登録を受けるためには,意匠法3条1項柱書所定の「意匠の創作をした者」に該当する必要があるところ,「意匠の創作をした者」とは,意匠の創作に実質的に関与した者をいい,具体的には,形状の創造,作出の過程にその意思を直接的に反映し,実質上その形状の形成に参画した者をいうが,主体的意思を欠く補助者や,単に課題を指示ないし示唆に止まる命令者はこれに含まれないものと解するのが相当である。

  (イ)a 本件についてこれをみるに,前記ア(ウ),(オ)のとおり,被告Gは,使いやすく,安価で買い替えやすい入れ歯入れ容器を作ることを着想し歯科医師として患者に対し入れ歯の保管に関する指導をしてきた経験を活かして,当時流通していた入れ歯入れ容器のデザインを参考にし,全体的に丸みを帯びた形状であるなどの特徴を有する本件製品の形状を形成するに至り,もって,同製品により体現された本件意匠を創造,作出したものである。しかも,被告Gは,単に本件製品のデザインのアイデアを提示したのみならず,その設計に際して,周囲の意見を参酌しつつも,詳細な寸法を書き込んだデッサンを自ら作成し,当該デッサンに基づき,原告に対して本件製品の金型の製作を指示しているから,本件製品により体現された本件意匠の創造,作出には,被告Gの意思が直接的に反映されているというべきである。

  これに対し,原告は,前記ア(オ)のとおり,被告Gから,入れ歯入れ容器の形状や寸法について指示を受けた上で,これに基づき,製品図面である本件図面(甲1)や金型図面を作成した上,金型を納入したものであるから,原告はいわば補助者としての立場で本件意匠の創造,作出に関与したものにすぎず,上記創造,作出の過程には,原告の意思が直接的に反映されているものとは認め難い

   b なお,原告は,前記ア(オ)のとおり,入れ歯入れ容器のヒンジ部分を二重構造のものとすることを被告Gに提案し,同(カ)のとおり,その形状を具体的に設計したものである。

  しかし,前記ア(カ)のとおり,入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状は,高齢者でも容器内の水や洗浄液をこぼすことなくスムーズに蓋を開けることができるようにするため,入れ歯入れ容器の蓋を開けるとまず少し開き,更に蓋を開くと120度くらいの角度で止まるように設計されたものである。そうすると,当該部分の形状は,デザイン面から設計されたものではなく,専ら機能的な側面から設計されたものと認めるのが相当である。そして,原告が設計した当該ヒンジの形状は,蓋をスムーズに二段階で開けるのに最適な形状であることからすると(甲23),蓋に上記のような機能を持たせるためには,本件製品が有するヒンジのような形状を採用することが不可欠と認めるのが相当である。したがって,原告が設計した入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状は,そもそも,意匠としては保護されないというべきである。

  加えて,入れ歯入れ容器のヒンジ部分が明確に視認できるのは,蓋を大きく開いた際であるところ,別紙1本件意匠公報記載の図面及び本件図面のとおり,当該部分は,蓋を180度まで開いた状態であっても,その縦及び横の長さがいずれも本件製品の奥行及び幅の各6分の1程度であり,本件製品全体の形状のごく一部を占めるにすぎず,本件製品の形状の全体により視覚を通じて起こさせる美感には大きな影響を及ぼさないというべきである。

  そうすると,原告が入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状を設計したとしても,本件製品又は本件意匠の形状の創造,作出の過程に原告の意思が直接的に反映されていると認めることはできない。

  (ウ) 以上によれば,原告が,本件意匠の創作に実質的に関与した者とは認められず,よって,意匠法3条1項柱書所定の「意匠の創作をした者」に該当するとは認められないというべきである。

    エ 前記ウのとおり,原告が本件意匠の創作者であるとは認められないから,本件意匠について意匠登録を受ける権利が原告に帰属していたとは認められない。

参考点

大阪高判平成5年(ネ)2339クランプ事件等と同様の判示に沿って創作者の認定がなされている。「意匠の創作をした者」とは,意匠の創作に実質的に関与した者をいう点で、本件意匠の創造,作出には,被告Gの意思が直接的に反映されているとされた。この認定において、原告は、入れ歯入れ容器のヒンジ部分を二重構造のものとすることを提案し、形状を具体的に設計したと認定されているものの、創作者とは認められなかった。本件製品においては図示のように蓋が二重ヒンジにより容器本体と連結されている。
創作した部分を機能的に重要な部分であると主張しすぎると、創作部分が専ら機能的な側面から設計されたと認定されてしまう可能性がある。創作部分について機能を強調するデメリットがある一例である。また、創作した部分が本件製品全体の形状のごく一部を占める部分に過ぎない場合には、美観に影響を及びさないと判断される可能性がある。創作した部分の大きさ等によって創作者でないと判断される可能性もあることが確認できる。

目次